
ついったのワンライ企画に投稿したもの。
シチさんとカンベのお話。タイムゾーンは7話と9話です。
お題は「白銀の刃」にございました。
しりたいだけなんですよ、と、その男はこの数年で身に着けたのであろう、人懐こい笑みを口元に浮かべながらそういった。
人懐こい笑み自体は、あのころから変わりはしないのだろうか。しかしながら感じる、わずかな違和感とも呼べる小さな齟齬。その齟齬こそがこの別離していた期間の長さとも呼べるのだろう。
それでも、青い瞳をくしゃっと細めていたその顔は、とても懐かしいそのままの雰囲気だった。
そして今、視界の端にとらえた朱の槍が動く軌跡に、再びの安堵を感じる位にはなじんでいる。
水びたしの入り組んだ暗い洞窟を抜け、飛び込んで来る光の強さは、その男の笑顔に感じた齟齬に似て。
紅く、中空を舞っていた戦場はなく、青空の下砂の大地を踏みしめた足に、じりと体重をかける。
朱の槍と同様――いや、それ以上に共に戦場を駆けた、鈍い輝きを放つ刀の柄に手を添える。突如地面から出てきた雷電とヤカンに一瞥を投げる。身を焦がすような、懐かしい戦場のにおいと、手の中にある重み。 乾いた砂漠のざらついた空気とともに、カンベエはその刃を鞘から抜き放った。
ごう、と、盛大に上がった砂煙に、シチロージは目を細める。怒り任せに振り下ろされた、そんな刃に当たるほど、己の主はふぬけてはいない。じりりと肌を焼くような存在感はかわらずにそこにある。
チリ、と、空気の動きを感じて、視線だけを主へむける。日の光をすかして、茶とも灰とも取れる不思議な色をした瞳と視線がぶつかった。
その視線の強さだけで、次に己が何をすれば良いかが分かるぐらいには隣にいた。
一度死んだものと思っていた、再び会えるなどとは思っていなかったその不思議な色に、自分の気分が高揚するのを感じる。
「シチロージ!」
呼ばれた声に、反射的に体が動いた。
「承知!」
主を空に放り上げ、自分は動きに虚を突かれて慌てて動き出した回りのヤカンの群れに向かう。
(なればこそ)
私は、この人の期待にこたえなければいけない。
どっと横なぎに一体のヤカンを薙ぎ払い、引き戻した槍を握りなおす。
「燃えてみますか、久々に」
キチ、と、仕掛け槍の懐かしい金属音を耳に聞きながら、シチロージはにやりと、口の端を持ち上げた。
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「しりたいだけなんですよ」
低く落ち着いた声でシチロージはそう言った。
目の前に座るカンベエは動かない。
大戦が終わって、偶然流れ着いた先の蛍屋は、今ではシチロージの庭のようなものだ。
にぎやかで楽しい毎日、饗されるうまい料理にうまい酒。そして、ユキノという恩人もいるのに、シチロージはこの場所を飛び出そうとしている。
お供しますと発した声には、迷いはなかった。「今度こそ死ぬかもしれない」と言ったカンベエの言葉には答えずに、シチロージは四角く切り取られた庭園を飛び交う蛍をゆっくりと目で追った。
(ええ、しりたいだけなんです)
主に述べた言葉を身の内で反芻する。
迷いはない、しかし、自分のわがままだという自覚はある。
ここまで自分を生かしてくれた、ユキノや蛍屋の皆に申し訳ないという心持もある。
それでも、それを超えてなお、求めていたものが目の前に来てしまった。
身の奥底に刻まれたものはそうやすやすと払えるものではない。
血の沸き立つ戦場を、自分はもう知ってしまっている。そこにそれがあると知ったなら引き返すということはできないほどに恋い焦がれる、それ。
(突然に分かたれてしまった、あの日の続きをしませんか、カンベエ様)
いつのまにか主の脇に置かれた刀にとまった蛍がゆっくりと明滅をくりかえす。
ぼんやりと浮かび上がる、その懐かしい形に目を細める。
大戦の折にはついに見ることのかなわなかったものが見れるかもしれない、という期待感はぬぐえない。
(そして……今度こそ、共にみましょう、カンベエ様)
恋い焦がれた先にあるもの。――その白銀の刃の行く末を。